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コスモポリタン美術館
出張展示場


油彩その2 その3


コスモポリタン美術館
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「北の国から」シリーズ


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「運河滞船」(油彩 F100, 1987年)

2022年6月27日 (月)
ホンマヒロコ 版画と水彩画展 ・ 第7回グループ水煌展

6月27日、起床時の気温が20.5度で、今日の札幌の予想最高気温が24度だったが、先程午後2時半に半袖姿で家の周りの畑を見回りに出ると、風も吹いていて肌寒いほどだった。屋外の寒暖計を見ると、気温が16度しかなかった。先日最高気温を記録した群馬県伊勢崎市と利根川を挟んで隣町埼玉県本庄市に自宅があり、これまた暑い熊谷市のパソコンスクールに教えに通っている娘に父の日の贈り物のお返しにこの涼しさを送り届けて上げたい気持ちになる。先日本庄市でも39.6度になったとSNSに書いていると妻から聞いた。

札幌も25日、26日と気温が29度、30度と予報が出されていたので、1度でも低い25日(土)と2年ぶりの個展巡りに出た。ギャラリー巡りの再開のはじめは案内ハガキの表に「お元気ですか、くれぐれも無理をなさらずお願いします。」と私の体調を気遣ってくださったホンマヒロコさんの個展に決めた。大通り美術館向かいの車道脇に標章車の許可証を運転席前に置いて道新ぎゃらりーまで300メートル近く歩いた。

ちょうど2年前私が道新ぎゃらりーでの個展を中止した時、ホンマヒロコさんもコロナ禍で個展を中止された。ホンマさんにお会いするのは何年ぶりかよく覚えていないが、道新ビルの7階エレベーターを降りると、帽子をかぶってマスクをした女性が立っていたが、その方がホンマさんとは確信が持てずに展示室に入り作品を鑑賞した。芳名帳に記帳している時に「ナンダ先生、声かけてくださればいいのに、、、」とホンマさんは私に話しかけてきた。私の後、一人の御婦人が入室され、気に入られた絵葉書を購入された。

時計台ギャラリーで開かれていたホンマヒロコさんの個展で彼女の作品にすっかり魅了され、即、気に入った作品を購入し、彼女のユニークな発想と版画の技術を高く評価したのは10年ほど前になろうか。我が家の壁には約35点いろいろな作品が掛けてあるが、ホンマさんの作品は8帖の和室に直射日光を避け掛けてあり、絵仲間5,6人が我が家に集まった折、今活躍中の石垣渉さんがホンマさんの作品を大変気に入られたようでした。

道新ぎゃらりーから大通り美術館に戻り、第7回グループ水煌展を鑑賞した。水煌展は道展の水彩部門の出品者佐藤恵利子、竹津 昇、深山秀子、湯浅美恵さんら4人のグループ展です。竹津さん、湯浅さんのお二人とは私の教え子のグループ展の欠員の補充に誘われて以来のお付き合いで、グループ展をご一緒したり、竹津さんとは石垣さんと私三人でロシア展をご一緒したり、一匹狼で孤独な活動を続けてきたアマチュア画家の私にグループでの活動のチャンスを与えてくれた不思議なご縁です。

水煌展の4人はそれぞれ独自のモチーフと技法を遂行され、特に竹津さんは最近ダンボールを画材に利用し、いろいろ追求されている過程で、この先どう発展してゆくか楽しみである。湯浅さんはモチーフ、技法共にオーソドックスでこれからの活躍が楽しみである。湯浅さんは25日午後の当番で、午前の当番の竹津さんにはお会いすることができず残念でした。湯浅さん、石垣さんを含め、絵仲間が5,6人我が家に集まった時には、サクランボのシーズンで皆さんサクランボを食べ、枝を持ち帰り絵に描かれた人もいました。湯浅さんから「サクランボの木どうなりました。」と聞かれたので、50年近い老木になり実をつけなくなったので、太い枝を切ってしまいましたと伝えました。全盛期には稲雲高校の美術部の生徒にサクランボ狩りをさせたこともありました。

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