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コスモポリタン美術館
出張展示場


油彩その2 その3


コスモポリタン美術館
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「北の国から」シリーズ


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「運河滞船」(油彩 F100, 1987年)

2017年9月20日 (水)
第五回 北日会

10日ほど前に美術ジャーナリストの五十嵐恒さんから第五回北日会の案内ハガキを頂いた。「日本画展なのになんと水彩画3点を出品するハメに・・・」と書かれていた。いつも大変お世話になっている五十嵐さんが絵を出品されるとは、ぜったい観に行かなければと、今日(20日)初日に札幌市民ギャラリーに出かけた。この無審査日本画公募展を主催している北海道日本画会にどうして作品を出品されたか疑問に思っていたら、五十嵐さんはこの会の顧問をされていることが分かった。

私の長年の知人日本画家佐久間敏夫さんが事務局長をされている北日会にとって美術ジャーナリスト五十嵐恒さんに顧問になって頂いたことは大変力強いことだと思った。毎回事務局から北日会展の案內を頂き拝見してきたが、今回は出品者のレベルが上がり今後の北日会の発展を期待できると確信した。道展の日本画部門以外に無審査の日本画公募展が出来たことは北海道内の日本画を勉強される皆さんにとって作品の発表の場になり大変ありがたいのではなかろうか。

市民ギャラリーからの帰路琴似にある「MOAアートホール北海道」から案內を頂いている「北の風土が生んだ版画家 阿部貞夫の世界」展を観た。以前にも作品を拝見したことのある版画家だったかも知れないが、とにかく魂が洗われるような素晴らしい版画展だった。

ギャラリーに入場した時には私一人だったが、「いらっしゃいませ・・・」と言うスタッフの声で振り向くと年輩の男性の後ろ姿が見えた。会場をゆっくり解説を読みながら作品鑑賞を終えた時に男性から「こんにちは。」と声をかけられた。「木村先生、お久しぶりです。」と、北のモンパルナスで半年前にお会いして以来の木村雅信先生との再会だった。先生もこのギャラリーで展覧会を開かれたことがおありのようだった。現在新築工事中の「北のモンパルナス」が再開し、木村先生のピアノ演奏とおしゃべりが聴ける日が待ち遠しい。

2017年9月17日 (日)
久野省司・舘田高廣 水彩画展

今日(16日)は久し振りに早朝小樽運河に行き、8月に描き始めていて水面の彩色を仕上げてなかった2枚を描いてきた。早朝は気温が低いため運河の水面が波もなく周りの景色をよく映しているが、状態の良いのは短時間なので現場で描くのは本当に難しい。水面に濃く映ったまま描くと水彩画として面白くないので、少しあっさりと仕上げてきた。

浅草橋方面を描いた作品を仕上げ片付けようとしている時、山形から観光で来られていた年輩のご夫婦が話しかけてこられた。ご主人は日本水彩画会に出品されている方のようで、私に「中央の公募展に出品されていますか。」と言われたので、「いいえ、全くの趣味で水彩画を愉しんでいるだけです。」と答えて、4月の個展の案内ハガキを名刺代わりに差し上げた。

中央橋のテラスから製缶工場を望む手宮方面を見た絵の仕上げをしている時には、いつもボランティアで清掃活動をしているお喋り好きな私よりは若いと思われる男性が話しかけてきた。今日は自分も絵を描こうと思っているのだと話したが、果たして本当かどうか、いつも話しがでかいので簡単には信じられない。一度彼の完成作品を見てみたいものだ。

10時頃までになんとか2枚を仕上げたので、予定通り思い切って余市まで走ることにした。余市は神威岬や島武意海岸を描きにゆく時の通過地点でよく余市の道の駅で休憩している。しかし今日の目的地「余市ワイナリーギャラリー」は何度か個展の案内ハガキを頂いたことはあるが一度も行ったことが無かった。予め家でiPadで検索し、数か月前から使うようになったiPhoneを持参し、赤信号で止まったときに場所を確認しながら運転したので、迷わず余市ワイナリーに到着した。

久野さん、舘田さんの水彩画展は本当に見応えがあって、私には大変勉強になり刺激になった。会場も広く、とても良いギャラリーとは思うが、札幌からは距離があり、公共の交通機関を使用して観に来てもらうには不便だと思った。手稲の我が家からは50キロ弱の距離だった。車中泊の旅で北海道中を走り回っている私も、80歳近くなると日帰りの旅は身体にこたえるので、余市の道の駅で一泊して帰るべきだったかもしれない。手稲の我が家に2時半頃に帰宅する強行軍だった。

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